そういう事情のはずだった。
なのに霞流慎二は、今になって妙に意味あり気な言葉を聞かせる。
「見捨てるようなコトはしませんから」
見捨てるって…… どういうコトだよっ! いや、どういうコトですかぁ〜!
だか今さら引き返すこともできず、心臓がバクバク鳴るのもそのままに生唾を飲み込んだ。その間に、車は速度を落して左へ曲がる。
「もうすぐですよ」
運転手の言葉に息を呑み、窓を覗いた。
ひぇぇぇぇぇぇぇ〜
よくわかんないけど、高級そうなホテルだなぁ〜 ホテルだよなぁ〜 これ
見上げる建物は30階くらいだろうか。周りには同じような建物が三つ並んでおり、この辺りがそういった洒落た地域であるコトを物語っている。
きょ…… 京都っぽくないなぁ〜
入り口には黒塗りのセダンや、同じく黒服でビシッと決めた従業員などが、品良く動いている。
うわぁ〜 あそこで降りるのか?
だが車は、気取った雰囲気を漂わせる表玄関へは向かわず、建物をグルッと周った。
?
首を傾げている間に建物の裏口へ。
正面とは違って、ずいぶんとひっそりした影を落す裏口。だがここも妙にだだっ広い従業員用通路の前で、車は止まった。
「お待たせ致しました」
運転手がすばやく車を降りて、後部座席の扉を開ける。
戸惑う美鶴の手を、慎二がそっと握る。
そうして、飛び上がらんばかりの美鶴の耳に囁いた。
「万が一離ればなれにでもなったなら、これで連絡してください」
それは薄型の携帯。
「万が一って?」
不安に慄く美鶴に笑みを浮かべ、慎二は身を離した。
「降りましょう」
促されるまま車を降りたところに、木崎の声。
「ずいぶんと、お早いお着きですね」
「待たせるとうるさいだろ?」
誰が とは言わないが、わかっているのだろう。ふふっと笑う木崎の後ろから女性が一人、小走りに走ってくる。
「早かったですねぇ〜」
その言葉に、美鶴は目を丸くする。
見たことのある女性だ。誰だっけ?
記憶を辿り、目と一緒に口も丸く開ける。
先に声を出したのは相手。
「お久ぁ〜」
美容師の女性は、お笑い芸人のように片手を耳元でパッと開く。そうして満面の笑みで向かい合う。
「伸びてきたねぇ〜」
そう。彼女は、霞流家で美鶴の髪を切ってくれた美容師の女性。
「あっ えっ えっと、こ…… んにちは」
戸惑いながらも、そうとだけ答える。
そんな美鶴に美容師は眉をあげてクリッと笑い、スリムな腰に手を当てて慎二を振り返った。
「霞流さんも、こっちで着替えるの?」
「用意してあるはずだよ」
そうだ。それは気になっていた。
これからパーティーだと言うのに、二人とも普段着だ。
だが、問いかけようとする美鶴の口を、慎二が優しく制する。
「正装は何かと動きにくいからね。ホテルに部屋を取ってある。そこに服も用意してあるよ」
「こっちこっち」
美容師は美鶴の右腕を握り、半ば強引に建物の中へと引っ張りだす。
いったい何がどうなるのか?
美鶴は携帯を握り締めたまま、ズルズルと美容師に引きずられていった。
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